わたしたちはどこかの市民や国民であるだけでなく,地球の住民でもあります。神はわたしたちが住む美しい世界を創造されました。わたしたちにはこの世界を保護する責任があります。消費している自然資源に配慮し,それらを節減し,再利用し,リサイクルするよう努めることにより,神の驚くべき創造物に対して感謝を表わすことができます。神は 「野のすべての獣を治め」 る権限をわたしたちにお与えになりましたが,統治するに当たっては責任ある行動が期待されています( モーセ5:1 )。わたしたちは地球の世話を任されています。神からの贈り物であるだけでなく,わたしたちの生存が地球にかかっているからです。多くの人は産業革命以前の人々ほど,自給自足をしていません。このため,住んでいる土地と自分がどれほど深く関わっているかを忘れがちになります(食物はすべてスーパーで手に入るものだからでしょうか)。今日のパンはどこからやってきたかを忘れないようにするとよいでしょう。神に感謝を表わすため,地球の美しさと豊かさを次代の人々のために維持するような使い方をするよう努めましょう。
正義は国を高める
あなたが選挙で選ばれた公職者であっても,公立学校の教師であっても,あるいは一般の有権者であっても,住民としての自分の義務をどのように扱うかによって,あなたがいる地域の発展や衰退は影響を受けます。国や地域社会は家族に似ているので,当然不完全ですが,それを構成する人々の善良さに応じて良いものとなります。国の高潔さはその国民の手によって築かれるのです。あなたは国を完全にすることができないからということだけで,責任を回避できるわけではありません。高潔な人々が自分たちの生活に影響を与える政治的な決定に参加しなければ,もっと利己的な野心を持っている人々が急いでその空席を満たそうとするでしょう。
カイザルと神に敬意を表す
一人のパリサイ人がイエスに,お金によって政府に敬意を表すことについてどう思うかと尋ねました。イエスはこう答えられました。 「それでは,カイザルのものはカイザルに,神のものは神に返しなさい」 ( マタイ22:21 )。わたしたちは,使っている道路,子供たちが通う学校,人々の安全を守る行政,その他のサービスについて政府に対して恩義があります。わたしたちの存在自体について,永遠の機会を与えられていることについて神に対して恩義があります。わたしたちはこれら二つの恩義に対して異なった方法で報います。この世で受けている祝福,次の世で約束されている祝福にふさわしい者となるため,恩義を受けている両者を尊ばなければなりません。